雨と親切と猜疑心と笑顔。

 今日は、絵に描いたようなシチュエーションで絵に描いたような人物と絵に描いたような展開になった。


 雨の降り止まぬ昼過ぎ、財布に小銭しか無い事を思い出し、愛車のイプ公を駆って郵便局まで貯金を引き出しに行く。修理に出していた携帯電話が帰って来るのだが、幾ら掛かるか判らない。¥5,000くらいは覚悟しとくか。
 と、郵便局の駐車場でオレに声を掛ける人物が。見ると、典型的な「田舎の婆ちゃん」。まぁ田舎なのは事実であるし、婆ちゃんは実際に婆ちゃんなので、そのまんまなのだが。
 話を聴くと、公衆電話を探しているらしい。携帯電話の普及の所為か公衆電話をとんと見掛けなくなった昨今、オレも公衆電話の所在をいちいち憶えることも無くなっている。
 ふと、携帯電話を渡せば用件は済むはずだと思い付く。渡す。TAXIを呼びたいらしい。が、うまく掛けれない。勿論オレが番号をプッシュしてやっているのだが、携帯電話で通話すること自体が初めてのようだ。このちっぽけなプラスチックと金属のカタマリで遠方(と言っても数百メートルだが)と会話出来る事が信じられない様子。代わってオレがTAXI会社と話そうと思ったが、考えてもみれば婆ちゃんの目的地をオレが知ってるワケでも無く。婆ちゃんは「H田まで」と言ってる。自分が何処に居るかを言わなきゃTAXIも来ようが無いのだが。雨の降りしきる中で見守っていると、「郵便局」と言っているのが判った。まぁ大丈夫かな。婆ちゃんと別れ、「電話代を」と言って小銭入れをまさぐっているのを笑顔で断り、金を下ろしに行く。婆ちゃんの笑顔を背に受け、郵便局へ。
 下ろし終わって駐車場に戻ろうとすると、やはり婆ちゃんは居た。しかも、郵便局の駐車場の対面の道路沿いに移動している。電話による無線連絡を受けたTAXIが、「郵便局に1台」と言われて郵便局前では無く駐車場に回るかも疑問だが、その駐車場の対面の路上の婆ちゃんを拾いに行くとは思えない。苦笑しつつ婆ちゃんの元へ走る。
 再度話を聞くと、婆ちゃんは単に買物を終えて帰宅したいだけのようだ。見ると、近くのショッピングモール(単なる生協のスーパーだが)の買物袋にギッシリと、持ち抱えないくらいのものを買い込んでいる。
 此処で思い出す。TAXIに乗りたいだけなら、すぐ近くにTAXIの待合所がある。そこまで案内してやろう。重い荷物を婆ちゃんに持たせっ放しはしのびない。代わりに荷物を持ってやり、待合所まで歩く。婆ちゃんは笑顔。雨は降り止まない。オレは濡れっ放し。
 待合所に着いたが、生憎とTAXIは出払っているようだ。婆ちゃんと2人、TAXIが戻るのを待つ。しかし、いつまで待っても来ない。それでも婆ちゃんは笑顔。
 オレも大した用事があるでは無いが、そうそう気が長い方でも無い。「オレの車で家まで送ってやろうか?H田って言いよったけど、そこまでやったら送るよ」。婆ちゃんは申し訳無さそうながら笑顔。雨の下、車を取りに郵便局の駐車場へとダッシュ。イプ公に乗り込み、待合所へ。婆ちゃんが笑顔で乗り込んで来た。
 いざ、H田へ。車で15分程度か。隣の隣の町なので地理には詳しくないが、まぁ何とかなるだろう。雨は一層激しくなって来た。年度末の為か道路工事も多い。婆ちゃんとのんびりと話しながら、イプ公を走らせる。途中、前の車が急停車してオレも急ブレーキを掛けることになったりする。普段だったら特に気にも留めないのだが、婆ちゃんが前につんのめったりするとドキドキなので、超安全運転。婆ちゃんとは会話になってるのかなってないのか判らない会話を続ける。婆ちゃんはずっと満面の笑み。
 H田周辺に到着。婆ちゃんに家へのルートを誘導して貰いつつ、ジワジワと進む。婆ちゃんの誘導は数百メートル先の右折も数メートル先の左折も同じテンションなので、全く持って頼りにならない。それでも何とか、婆ちゃんの家の前に着く。婆ちゃんは千円札をオレに渡し、笑顔で「お礼に」「何か美味しいものでも」と言ってる。オレは断り婆ちゃんに返すのだが、車の中に強引に置いて行った。
 笑顔を残して門扉を開き家に戻る婆ちゃんをバックミラーに視認しつつ、オレはまた我が町へと戻った。
 雨はちょっぴり穏やかになっていた。


 ……ってな話をぴよ丸。さんにしたら、「そのまま誘拐されてしまうまも知れない」と、オレを凶悪犯罪者みたいに言われてしまった。100%善意から、電話を貸し、荷物を持って場所を案内し、車で家まで送ってやっただけなのだが。それに、そもそも声を掛けて来たのは先方だ。
 まぁオレも、「都会だったら危険な行為だなぁ」「婆ちゃん、もっと人を疑えよッ」と思っていたのは事実。
 そういう疑いが脳裏をよぎるだけでも、こんな世の中は下らない方向に向かってると思える。