けんたろう君と有紀ちゃんと先時代的隷属労働会社と強加工マルテンサイト



 シメジ達辺境の防人にとって最大の取引先である、とある会社がある。

 この会社、120年以上の歴史を持ち、資本金300億円、社員数3,000名強、全国に30の支店と4の出張所、多数の子会社に加え海外にも支店を持つ、東証一部上場の大企業である。辺境の支店は、この会社の支店としては規模は小さいが、この田舎では有数の巨大会社であり、辺境の素朴な経済界を我が物顔で牛耳っている。



 この辺境の支店に、昨年4月に採用され、防人との取引の窓口となっている2人の人物が居る。1人目は、東北生まれの大卒全国採用、けんたろう君。もう1人は、高卒の地元採用、有紀ちゃんである。

 けんたろう君は、関東の大学で海事関係の勉学に励んだらしく、いずれはチーフ的な役割を担うべく、多方面でこき使われている。立派な大学を卒業して天下の某会社に入社したは良いが、まさか故郷の東北から余りにも遠い南国の辺境で牛豚の飼料にまみれて働く羽目になるとは思わなかった事だろう。だが、流石は粘り強さに定評のある東北人、弱音を吐かず臥薪嘗胆で精進を続けている。

 方や、有紀ちゃん。こちらは、主に事務要員として採用されたようで、防人との仕事のメイン窓口も彼女になっている。高校で優等生だったのか地元の名家の出身なのかは判らないが、日々只管書類と格闘して頑張っている。



 だが、残念ながらこの会社、過去はヤクザ関係との話もある、ちょっと危険な会社である。仕事の忙しさ、辛さ、人を人と思わず激務を課すこと、半端では無い。それなりに給料は良いのだろうが、他の会社で安月給で働いている者も、「あの会社で無くて本当に良かった」と語るくらい、休む暇も無いくらい働かされている。シメジも、昼夜無く土日も無く働かされている彼等を目の当たりにすると、「オレはまだまだ精進が足りない」と思ってしまう。

 それだけ激務だと、労苦に耐えかねて退職する者も後を絶たない。新入社員は、3ヶ月で半分、半年でもう半分が辞めていくと言われる。新入社員が出社初日に退職した例もある。昨年の新入社員も、半年経過してようやく慣れて来たかと思いパスを発行すると、3日も経たずに退職してパスが返却された事があった。

 そして、今年度採用の、けんたろう君と有紀ちゃん。

 ハッキリ言って2人とも性格が内向的で、大声で笑ったり周囲に怒りをぶちまけるようなタイプでは無い。見る人を不安にさせるようなオーラに満ち溢れており、当初はシメジ達も「何ヶ月続くもんかな」と心配したものだ。

 だが、今のところそれは杞憂に終わっている。物静かな2人だけに内に秘める魂は強いものが有るのか、ただ単に「辞めたい」と言い出す事も出来ないのか、採用から10ヶ月経った現在でも、黙々と仕事を続けている。



 だが今でも、東北人のけんたろう君の方は兎も角として、有紀ちゃんはやはり周囲を不安にさせている。1年目で不慣れなのは仕方無いとしても、その性格が、何だかなぁ。

 彼女、見た目は道重(モーニング娘。)みたいな(みたいなと言われても上手く伝わらないだろうしオレも道重とやらをよく知らない)、そんなポワーンとした顔をしている。不細工では無いのだが際立った美人でも無く、おぼろげな印象。色白、一重の細い目、痩せているのにぽっちゃり目に見えるタイプ、全てが薄幸そうに見える。先輩が「磨けば光る」と言っていたが、勿体無い感じがする。表情に乏しく自分を表現するのが苦手な感じ。常に俯き加減で、今時の若い女性にしては珍しいタイプだ。

 そんな彼女も、毎日シメジ達と商取引で一緒に働いていると、徐々にだが打ち解けて来た。ウチの職員に明るく冗談を言うタイプの人間が多いのも有り、にこやかな表情を見せる事も間々見られるようになった。

 シメジも、こちらの仕事がヒマな時は、無駄話をしつつ和やかな雰囲気で仕事をして貰えるようにしている。始末書モノの失敗をやらかして凹んでいる彼女が憐れになり、冗談を言ったりお菓子をやったりした事もある。

 すると、友人の前ならば恐らくは常にそうなのであろう、「本来の有紀ちゃん」みたいな彼女になって来た。喜ばしい事だ。



 だが、先日の夕刻。彼女の上司にして若きチーフである、その会社のやり手男性が防人事務所を訪れた時の事。

 彼が窓口に顔を見せる時は大抵、かなり複雑で面倒な話とか、リカバリーに手間の掛かるミスの処理とか、新入社員では手も足も出ない問題を抱えた時である。この時も、比較的イージーではあったが、処理が大変な仕事を持って来ていた。だが、その仕事の話から突如一転して、こんな話をして来た。



 「あの、ウチの○○(有紀ちゃんの苗字)を、どう思います?」

 「(意外な問い掛けに、思わず自分の仕事を止めて彼を見遣る、シメジ達)エッ?どう思うって言われても……」

 「あの子、ちゃんと仕事出来てます?」

 「ええ、頑張ってると思いますよ」

 「あの子、ウチの事務所に居る時は、全く一言も話をしないんですよ。大丈夫なのかなって」

 「エッ、そうですか? こっちに来た時は、割と明るくしてますけどね。笑ったりしてるし」

 「笑う? 私はまだあの子が笑ったところなんか見た事無いですよ、私が嫌われてんのかなぁ?」

 「……(苦笑い)」



 そうかぁ、やっぱり自分の会社では辛い思いしてんだろうなぁ。笑顔が無いどころか、会話も出来ないとは。

 そう言えば、毎日10回以上電話で遣り取りしている彼女だが、防人からの電話だと解って第一声に「お疲れ様ですー」と言う声は、異様に明るい。逆に言えば、他から彼女宛に掛かって来る電話は、かなり厳しく激しく辛いものなのだろう。

 ウチの事務所で、こちらの書類処理を待っている間、ベンチに座ってボォーッとしている姿は、とても19歳とは思えない疲弊・悲哀に満ち溢れている。かなり辛いんだろうなぁ。



 今度、またお菓子でもあげるとしよう。仕事は仕事としてこちらも厳格にやらないといけないから、それ以外の部分では、出来るだけお互い楽しくやりたいものだ。