逃亡者と追跡者、逃げる獲物と追う狩人、闇の死闘と漂うアルコール。





 昨日、今日と2日連続して呑み会。昨日は細島からのお客さんを迎え、今日は3会社による合同呑み会。懐に痛いし胃腸に痛い、辛い辛い2連戦。



 細島からのお客さんは2名だったが、「おぎやはぎ」の「おぎ」似の若手の方が、「毎日晩酌してます」的な事をのたまったもんだから、もう大荒れ。いかに焼酎の名産地の宮崎とは言え、酒の量と速度に関しては日本有数の鹿児島人を甘く見ての迂闊な発言と捕らえるしか無いだろう。そんな事を言えば、鹿児島県民の魂に火を付け油を注ぎ、一気呑み連発の阿鼻叫喚地獄絵図になる事が、想像出来なかったのだろうか?

 1次会の途中で既にロレツの回らなくなった「おぎ」氏。尚も続く一気に、2次会に突入した頃には、意識の混濁がかなり激しくなって来た。鬱積した苦悩が爆発したのか、防人第6師団の人間関係の劣悪さを次々と暴露、「こっちに転勤したい、身上申告書に書く」と声高に叫び出した。

 こんな人に赴任されても困るので、オレも負けじと、辺境の人間関係の裏事情を吐露して差し上げた。「おぎ」氏はマジ引きして、「やっぱり身上申告書には書けない」とあっさり方向転換。

 結局、フラフラの状態で宿へと帰って行った2人のお客さん。此処で、歓迎会を終えたところで。

 シメジにはとある予感が有った。こんな風にお客さんを迎えて、いつもと違うテンションで呑み会をやった場合、上官達はいつも「呑み足りない」「自分達だけで呑み直そう」的なオーラを全身から強烈に放つ。そして3次会、4次会へと突入し、終わりなき夢幻の世界に誘われて行くのだ。

 翌日にも呑み会がある事が分かっているので、此処で下手に呑み過ぎると大変な事になる。危険を察知したシメジは、お客さんをタクシーに乗せて別れた直後、何処へともなく歩き出す上官達から、静かに、さり気無く、気配を限りなく消して、闇に溶け込むように別の道に進んだ。チャリで呑み屋に来ていたシメジは、そのまま物陰で愛機「マーシャル・フォーク壱號」にまたがる。

 よしッ、上手く逃げれた。あとは、このままダッシュだ!(飲酒運転だが、身に危険が迫っており緊急避難が認められるケースだと判断)うりゃッ、走り抜けるぞッ!

 ……背後に視線を感じる。恐る恐る振り返る。一番の酒好きで一番強引に呑みに強制連行しようとする、曹長と目が合う。う、うぎゃあッ!!!!



 今日の呑み会は、何やかんやで30人くらいが集まり、2時間で50本ほどの麦酒中瓶と、5升の焼酎が空になった。まぁ、定例的にやっているこの呑み会にしては、割と低調な記録と言えよう。珍しくちゃんとグラスで焼酎を呑んでいたし(普段はジョッキで焼酎を呑む)。

 1次会を終え、2次会へと突入しようかと、メンバーが幾つかのグループに別れスナックを覗く。シメジもあるグループに引き摺られ、「ツゲーザービル」なる、本来は「トゥギャザービル」なのでは無いかと思える珍妙なビルに連行される。この「ツゲーザービル」、当然の事ながら入居しているのは全て呑み屋である。

 このまま行くと、またエライ事になる。身に迫る危機を感じたシメジは、同い年の友人であるハマダちゃんが傘を振り回しているのを見て、天から舞い降りた神の存在に気付く。そうだ、今日はさっきまで雨が降っていて、傘を持っていたんだった、それを今持っていない、そうか、1次会の居酒屋に忘れたんだ!

 「スイマセン、傘を忘れて来ました、取りに戻って来ます、すぐに帰って来ます!」

 ベタベタな良い訳だが、捨て台詞のように叫び、居酒屋へと「銀座通り」をダッシュ。名前とは裏腹に、いつ通っても閑散とした繁華街だ。

 傘を取り、「銀座通り」を戻る。ヤバい、下手にダッシュなんかしたもんだから酒が回ってしまったのが自覚出来る。もう2次会は無理だ。誰も居ない事を願いつつ、「ツゲーザービル」の下を通る。

 ぐぁッ、かわばっちゃんに見付かってもうた!かわばっちゃんが降りて来る。

 するとかわばっちゃん、何処から現れたのか近くに居たシメジの後輩のF新兵とシメジに、意外な事を囁く。「いい、このまま帰ろうぜ!」「3人で盛り上がって、4時まで呑んでたって事にしようぜ!」

 シメジ同様にそもそもスナックが好きじゃない彼は、シメジと同じ心情だったようだ。そしてそのままダッシュ。よっしゃ、逃げれた。持つべきものは心の通じ合う友人だ。

 自宅までの2kmほどの道をテクテク歩いて帰っていると、向こうから近付く人影に見覚えがある。あの薄ら寂しい御頭は、ウチの所長に違いない。しかし所長の家は呑み屋街とシメジの家の間にあり、向こうからやって来るのは方向的におかしい。見ると、何やら白いビニールの袋を持っている。声を掛けてみると、やっぱり所長だ。所長は「疲れた、いやぁキツい」と呟くと、ビニール袋を少し掲げて見せた。ローソンの袋だ。

 所長は所長だけに、他の会社の者にかなり強引に2次会に誘われる。それを振り切る為に、こっそりと裏道を通って遠くのローソンまで行き、遥々3km以上を歩いて逃げ出したのだ。そして心身の疲労を癒す品々を購入し、帰路についたのだ。



 地位や格のある所長でさえ逃げ出すのが大変な呑み会、シメジが逃亡に成功したのは奇跡に近いと思い知らされた。そして、毎夜晩酌を欠かさない所長でさえ逃げ出す呑み会、それを定例的に行っている意味が心底解らなくなった。